1971 1978

1971

ALPINAはツーリング・カーレースで勝つためにBMW 3.0 CSのライト・ウェイト・バージョンが必要であることをBMWに納得させた。

BMWはALPINAをライト・ウェイト・クーペ3.0CSLのプロジェクト・リーダーに指名。
BMWから正式にオファーされたこのスポーツカーに参画したことが、伝統的なALPINAデザインの20インチ・ホイールに今日まで反映されている。

1973

デレク・ベル、ハラルド・エルトゥル、ニキ・ラウダ、ブライアン・ムールは、BMWとALPINAのために欧州ツーリング・カー選手権で優勝。
ニキ・ラウダはBMW ALPINAライト・ウェイト・クーペに乗り、ニュルンベルク6時間耐久レースでツーリング・カーとして新記録を樹立。

1973

オイルショックが自動車産業を揺さぶる。
ALPINAはこの困難な時代を従業員の解雇をすることなく生き延びた。それは企業の名声だけではなく、市況環境に対するフレキシブルな反応および従業員の企業に対する忠誠心のおかげであった。

ALPINAは経済的であると同時にパワフルなレギュラー・タイプのエンジンを開発した。

1975

ALPINAはいくつかのBMW代理店と共同でドイツ国内の販売代理店組織を構築した。
同時にスイスとイギリスで支社を開発した。

1977

ディーター・クエスターは当時人気のあったジャガー・クーペと激しい戦いを演じた後、BMW ALPINA 3.5CSLでツーリング・カー選手権のチャンピオンになった。
ALPINAはこの輝かしいシーズンを最後に、10年間に及ぶレースから撤退、公道を走る高級車の開発に専念する。

1978

ALPINAはレーク・ガルダで自社開発の3モデルを発表して評判を呼んだ。
BMW ALPINA B6 2.8は3シリーズBMWに6気筒エンジンを搭載したものだが、当時BMWのベースモデルは4気筒エンジンしかなかった。比較的優美な車にこのサイズのエンジンを積むことによって、全く新しい次元のドライビング・フィーリングが実現した。